アユタヤ |
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| 4世紀もの間、貿易で栄えたアユタヤ王朝の繁栄の都 | |||||
| 遺産名称 | 所在地 | 登録年 | 登録基準 |
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| 古都アユタヤと 周辺歴史地区 |
タイ | 1991年 | 文化遺産 |
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アユタヤは、 14世紀から18世紀までの約400年もの間、 貿易を中心に栄えた、 タイの古都アユタヤ王朝のあったところです。 今のタイの首都バンコクから、 車で約1時間のところにあり、 3つの川の合流地点にあるので、 水の都とも呼ばれています。 アユタヤ王朝は、 1351年にウートン王が都を築いてから、 ペルシャやヨーロッパなどの国々との貿易で かなりの繁栄を築いた国際都市でしたが、 1767年のビルマ軍の侵攻により アユタヤ王朝は滅亡しました。 その時のビルマ軍の侵攻はかなり激しく、 徹底的に破壊し焼き尽くしたため、 今では黄金の都の見る影もなくなっています。 アユタヤ王朝滅亡後は 誰もいない廃墟と化した状態が続いたので その時に残っていた仏像の頭も盗まれ 高値で売られたそうです。 頭まで残っている仏像は数体しかありません。 またアユタヤには昔、日本人町があり、 多い時には2000人程の日本人が住んでいました。 日本人では山田長政という人が有名で、 ビルマ戦でも日本人の部隊を率いて戦いました。 シャムの重臣にまでなりましたが、 1630年に暗殺されます。 その後、日本人町は衰退し 現在ではもう残っていません。 |
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